このどうしようもない世界を笑いとばせ 福沢一郎展
洋画家 福沢一郎の回顧展に行ってきた
会場は、東京国立近代美術館である
ほぼ生涯にわたる彼の作品が、時代毎に10章に分け展示されていた
会場には大変多くの作品が展示されていて、見ごたえある展覧会だった
彼の功績を語るものを読むと
1930年代にフランスのシュルレアリスムを日本に紹介した
そして自身の作品も、知的なユーモアをもって社会批評のメッセージを
普遍的な人間の問題として提示し
日本における前衛美術運動の中心的な役割を担ったとある
確かに作品からは、そんな雰囲気が感じられる
シュルレアリスム(超現実主義)
理性の支配を退け、夢や幻想など非合理な潜在意識の世界を表現することで
人間の全的解放をめざすという20世紀の芸術運動
最初は美術と文学で用いられた前衛的な表現スタイルだったが
後に芸術全体にわたって幅広く用いられるようになった
そして現在は絵画だけでなく、映画、文学、彫刻、音楽、ダンス、演劇
ファッションなど芸術表現の大半に適用できる表現方法である
更にはインターネット動画でもシュルレアリスムは利用されている
日本語では、超現実主義と訳されるのだが、シュルレアリスムの代表的画家である
ダリやミロやマグリットの絵画を見るとわかるように、それらの作品には
現実とはかけ離れた風景が描かれている
超現実とは、文字通り現実を超えた世界と解釈しても
そんなに間違いではなさそうである
さて回顧展だが、第一章と第二章は画家としての出発点が展示されていた
福沢は1924年からパリに留学したが、その時は彫刻家を志していた
そんな彼が絵画制作に転向した
そしてシュルレアリスムの画家マックス・エルンストの作品に出会い
自身の作品にその影響が見られるようになった
シュルレアリスムの始まりは1924年発刊されたブルトンの
「シュールレアリスム宣言」であるから福沢は
正に芸術の大きな動きを現場で体感したことになる
マックス・エルンストの作品「セレベスの象」などを見ると
初期の福沢作品への影響度が伺えた
それから彼の作品が変わっていくのだが、大きな要因は
戦争と中南米やアメリカへの旅行だったと思う
この二つの出来事により作品のスケール感が、だいぶ変わったと感じる
作品からは、どこかで人間に諦めているところもあるのだが
どこかでまだ希望を持っているように私には感じられた
福沢が人間そのものに対して、どのような批評の眼を向けていたか
作品を単なる時事諷刺に終わらせず、古典をふまえ、ユーモアを効かせ
制作していったかが、わかる気がした
只、古典の理解度が私などとは違いすぎるので、私自身がどこまで作品を
理解できたかは、正直わからない
でも、あれこれ妄想しながら作品を見ることは楽しかった




