起点としての80年代

起点としての80年代

1980年代と言えば、私にはつい最近のことのように思えるのだが
正確なところでは、30年もの月日が経過している
改めて時間の経過のスピードに驚いてしまう

この80年代だが、日本の経済はあの「バブル景気」によって絶頂期であった
ディスコではワンレンボディコンのお姉さんが踊り狂い、今思えば
この狂ったような景気に花を添えていた
電電公社がNTTに変わり、東京ディズニーランドが開園した
そんな時代だった
実に変化に富んでいて、他の年代に比べ特異な時代だと思う

今回の展覧会は、その80年代当時に20代~40代だった19人の
芸術家の作品を展示している
会場内は、「メディウムを巡って」「日常とひそやかさ」「関係性」
「記憶・アーカイヴ・物語」という4つのキーワードで展示されていた

各作家の表現方法は自由奔放で、実に多様な作品が多い
そして現代美術は、作品自体が大きいことも特徴である
私でも知っているような有名どころでは横尾忠則、日比野克彦、大竹伸朗
船越圭、辰野登恵子さんといったあたりだが、80年代というくくりが
無ければ、何のつながりもないような個性的な作品である
この多様化と個性が80年代を象徴しているかもしれない

個人的には日比野克彦さんの段ボールの作品がとても懐かしかったのだが
今回見ても手作り感が温かく、それでいて斬新に思えた
そしていつものことだが、大竹伸朗さんのコラージュ作品を見ていると
いろいろ想像できて、作品から離れられなくなってしまった

会場はお客さん少なめだったので、ひとつひとつをじっくりと見ることが出来た
有名な西洋絵画だと大変な賑わいを見せる昨今、現代美術となると
一転、客入りは寂しくなる
西洋美術の時代をを終わらせ、「現代美術の父」と言われるマルセル・デュシャン
彼は「それそのものが美しいかどうか(絶対的美の存在)が問題ではない
観る人が考える事、それを促す事が重要だ」と言っている

特に現代美術は、わからないから見ないのではなく、わからないを楽しむことも
必要だと思う

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