幸福なラザロ

幸福なラザロ

当たり前のことであるが映画の好みは人それぞれである
皆個人的な基準のようなものがあり、そこを上回ったか下回ったかで
作品の良し悪しを判断したりしていると思う
私も他の人と変わらずそんなところで判断しているのだと思うが
この作品に関してはちょっと違った
それは私の個人的な判断基準自体を変えてしまうような
ちょっと想像を超えた作品であったからだ

本作はイタリアの女性監督アリーチェ・ロルバケルが手掛けている
そして2018年・第71回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に
出品され、脚本賞を受賞している
この作品が脚本賞を受賞するとは、カンヌ映画祭の奥深さを感じずには
いられない  正に恐るべし~

死からよみがえったとされる聖人ラザロと同じ名を持つ青年ラザロが主人公である
青年ラザロを含む何十人かの村人たちは、領主の侯爵夫人から
小作制度の廃止も知らされず、昔のまま隔離された村でタダ働きをさせられていた
そんな中でもラザロは働き者で、力仕事も嫌な顔一つせず自ら買って出る
やがて侯爵夫人の息子タンクレディが起こした自作自演の誘拐騒ぎから墓穴を掘った形で
侯爵夫人の支配していたこの村畑は解体され、ラザロを除く村人たちは
村を出て、街に戻された

そこからの展開が凄いのだ
多分十年以上は確実に経過しているのだが
いきなり設定は村の自然あふれた緑の風景から殺伐とした都会の風景に変わる
昔の村民たちが暮らすバラックにあの時のままのラザロがやってきたのだ
村にいた時と変わらないラザロに対し、村民たちは年老いているし、都会での
生活で皆が、村にいた時より幸せそうではない
やがて侯爵夫人の息子タンクレディにも再会するのだが
やはり変わり果てているのだった

まるで寓話のようなストーリーだが、イタリアの人里離れた村で
現実に起きた事件を題材にしているという
予習なしに観たのだが、良い意味でぶっ飛ばされた
聖人ラザロを通して比較する世界
何もないのだが皆楽しく居られた村での生活と、都会でのギスギスした生活
ふたつの世界を比較するとどちらが良いのか益々わからなくさせられるようだ

この監督しばらく要注目しておこうと思う

 

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