マスター・プラン

マスター・プラン

2014年製作のスウェーデン発クライム・サスペンス
題材としては決して新しくない(というか、どこにでもある題材だ)が
どことなくアメリカやフランスなどの洋画作品とは違った雰囲気を
感じる作品で、私的にはとても好みの作品だった

さて、そのどこにでもありそうだというストーリーだが
自動車泥棒のチャールズは、恩師でもある親友ラルフと組んで仕事をしていた
ある日のこと、彼らが盗んだ高級車のジャガーには
近年業績を急激に伸ばしている金融会社の裏ビジネスを記録した
PCが積まれていたのだった
このようなストーリーは、書いているだけでもワクワクするのであるが
映画には本当によくある展開である

裏ビジネスの記録の発覚を何よりも恐れる金融会社の女社長は
殺し屋を雇い、記録を探す中でラルフを殺害する
おまけにチャールズはその殺人罪を着せられ、指名手配されるのだった
金に物を言わせた彼女は、警官も買収していて、意のままに動かすことができるのだ
これも映画では本当によくある話である

殺人罪で手配されたチャールズだったが、ラルフの復讐を果たすべく仲間を集めた
集めた3人の仲間は個性的で、その道のスペシャリストたちだった
天才詐欺師のラグナー、爆弾作りのプロであるハリー、脱獄王・金庫破りの
名手であるロッキーと物語的には申し分ないメンツである
これらの強力な助っ人と手を組み、チャールズは自分を嵌めた金融会社の
金庫からすべての金を強奪する計画を企てるのだった

非常にシンプルで話に無理がなく、観る側からも理解しやすい
正に王道中の王道といった金庫破りの物語である
このような映画はあまり凝らない方が面白いことを証明してくれているような
作品だと思った

只、あまりにもベタであると、それはそれで単調になる
後半のシーンで、やっと開けた金庫に金が全く入っていないときは
私も驚いたが、それもこの計画の想定の範囲内で、相手の手の内を読み切った
別プランが「マスター・プラン」だったという幕引きは痛快で
意外なひねりが効いていて面白いと思った

途中、気になったことはチャールズがおしゃべりで、余計なことを
敵に話してしまうシーンがあった
その時は不要なシーンに思えて、何故だろうと考えていたのだが
最後にその伏線が解けて、納得したのだった
そんな細かなところも、よくできている作品なのだ

ホドロフスキーのサイコマジック

ホドロフスキーのサイコマジック

非凡な世界観を持ったアレハンドロ・ホドロフスキー監督
彼の作品は決して多くないし、そんなにメジャーではないので
おそらく今からでは、観ることができない過去の作品も少なくないと思う
私はここ10年位の間、国内で上映された彼の作品を積極的に観たので
かなりの作品は観ることが出来たのだが、まだの作品もある

この作品は2019年製作、フランス映画である
現在91歳になるホドロフスキー監督自身が考案したという心理療法
「サイコマジック」をテーマにしたドキュメンタリー作品だ
このサイコマジックであるが、ご本人曰く「科学を基礎とする精神分析的な
セラピーではなく、アートとしてのアプローチから生まれたセラピーである」と
いうことなのだが、全然私にはわからない
というか、ホドロフスキー監督の作品は、そのほとんどが私などには
理解できないことが多いのだ
だから、この最も重要そうな言葉であるサイコマジックなどわからなくても
鑑賞するにあたり全く心配はいらないのだ

ストーリーには、彼のもとに悩み相談に訪れた10組の人びとが出演する
そこでキーワードの「サイコマジック」が、どのように実践され、悩みの改善に
作用したのかが描かれている
そして、自身の映像表現に、この「サイコマジック」がどう作用していたかも
何となく実証していた

悩み相談に訪れた人々は、かなり真面目に心理療法を受け入れ、実践していった
悩み自体もそれぞれなら、その治療法もそれぞれだった
それらの治療の中には、かなり荒療治と思えるものもあった
中には、もしお金を取っていたら、たちの悪い犯罪と間違われそうな
治療もあったのだが、ホドロフスキー先生の情熱的で真剣なまなざしを見ると
良くなることを目的とした、れっきとした心理療法に間違いないと思えてくる
ここまでユーモアに富んで、憎めない91歳の老人は、まず他にはいないだろう

何年も前になるが、人が他の人に抱きしめてもらったり頭を撫でられたり
指を触れ合うことなどのスキンシップにより、科学では証明出来ない不思議な力が
発生することをテレビ番組で紹介していた
ホドロフスキー監督の作品内にもそれらのシーンは多く、このサイコマジックの
実践にも人と人の触れ合うシーンが本当に多い
そんなシーンを見る度に、私はあの時のテレビ番組のことが頭の隅によみがえり
ひょっとしたらなどと、思ったりするのだった

レイニーデイ・イン・ニューヨーク

レイニーデイ・イン・ニューヨーク

3月の初めに映画館で映画を観て以来、本当に久しぶりに映画館に行った
映画館は前と変わらず営業は再開しているのだが、明らかにコロナの
無かった時とは、雰囲気が違った

お客さんの数もそうだが、ひっそりとした映画館は何処か落ち着かなかった
そして、以前のように単純に映画だけを楽しもうと思っても
感染症のことが頭のどこかにこびりついて、スッキリしない感じだった
私には何かとても重苦しい感じがした
この感じがいつまで続くかはわからないが、当たり前だった日常が
早く戻ってきて欲しいと切に思った

そんな久々の映画館で最初に観たのが、ウディ・アレン監督のこの作品であった
ちなみにこの作品の後、この日もう1本観たのが
「ホドロフスキーのサイコマジック」だった
もうこれは、どんな映画通にも勝てそうな最高で最強の
再開初めを祝う2本だと思った

ようやく本題に入るが、かなり前評判の高いこの作品
観終わってその理由がよくわかる気がした
良い意味で昔のウディ・アレン監督作品に似た街を見どころにした映画で
主役には、昔ならご自身が演じていたところだが、今回は全く違うタイプの
イケメン若手俳優のティモシー・シャラメが、そしてヒロインは
エル・ファニング、セレーナ・ゴメスが演じている
これだけの人気若手俳優がウディ・アレン作品に出演しているという
話題性だけでも大変なものだ

ギャツビー(ティモシー・シャラメ)とアシュレイ(エル・ファニング)は
ペンシルベニア州のヤードレー大学に通うカップルだ
ある日、学校の課題でアシュレイは大変有名な映画監督にインタビューが
出来ることになった
場所はニューヨークだったので、生粋のニューヨーカーであるギャッツビーは
この機会にアリゾナ生まれのアシュレーにニューヨークの街を案内する
さまざまなプランを計画した
すごく張り切っていたギャツビーだが、計画は最初から狂いだし
最後は、まるで違った結末になっていくのだった

いつものウディ・アレン監督の作品らしい作品だった
個人的な感想だが、最近の作品は小難しさや理屈っぽい感じがないので
私にはかなり観やすくなった感じがする
ちりばめられた小ネタは健在で、ギャツビーのお母さんやお兄さんの婚約者など
主題とは別のスパイスとして効いていた
そして何といってもジュート・ロウである
完全にスターの気配を消し去り、クセのある役を好演していた