海のふた  吉本ばなな

海のふた  吉本ばなな

この小説の舞台になっている場所は西伊豆の小さな町だ
私は伊豆の何処あたりをイメージして書かれているのだろうか?
読んでいる間、ずっと気になっていた
自分の中では勝手に沼津市戸田、土肥、松崎あたりを
想定して読んでいた

この3つの町に共通しているのは海が静かなことと
東京側になる東伊豆のように温泉街に派手さはない
そして、小さな漁港のあるひなびた港町であるということだ
どの町もこのストーリーにピッタリくると思いながら読んでいた

ストーリーを読み終え、あとがきを読んでいたとき
この小説の舞台が土肥であることがわかり、ようやく答え合わせが
できて、とてもスッキリした気持ちになった
そしてもう一つ知ったことは、吉本さんは子供のころから現在も
毎年夏になると土肥を訪れるということだ
伊豆といっても本当にたくさんの温泉や海水浴場が存在するが
土肥を選ぶとは、実に渋い選択である
「知の巨人」と呼ばれたお父様である故・吉本隆明さんの
好みの場所だったのかもしれない

私は吉本さんの作品には吉本作品にしかない太い個性があると思う
文章表現もそうだが、文章の間にもそれを感じることができる
主人公はいつもちっぽけな存在だが、清々しくそれなりに一生懸命生きている
そして心を開いた人にだけ話す心中は、感性が鋭すぎて
普通の人の何倍も心に色々なものを詰め込んでいる

この作品もそんな作品である
西伊豆の実家に帰り、かき氷の店を始める主人公まりと
大切な人を亡くしたばかりのはじめちゃんとのひと夏の物語である
何気ないけれど、かけがえない日常が過ぎていく
楽しかったこの生活にもやがて終わりが来る
そんな諸行無常を美しく、澄んだ文章で力強く教えてくれるような作品だ

もう一つこの本の特徴は、ページをめくると度々登場する
版画家名嘉睦稔さんの挿画(26点)がとても素敵である
私にはストーリーを別の視点から考えさせるような深みを
与えてくれる気がした

オリ・マキの人生で最も幸せな日

オリ・マキの人生で最も幸せな日

この作品、あるボクサーの実話を基にした作品だという
そして2016年・第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で
作品賞を受賞している
ボクサーの実話であるのに、恋愛映画であるところが「ある視点」
なのである

オリ・マキという人を私は知らなかった
フィンランドで初めて開催されたボクシングの世界タイトル戦で
格上のアメリカ人と対戦したフィンランド人プロボクサー
これだけ書くと偉大なファイターのようなイメージを与えてしまうが
映画での彼は、田舎者の気さくな若者そのものであった
そして自身プロの意識は低く、アマチュアの戦歴が長かったため
プロの興行システムがよくわかってないし、意にそぐわないことは
やりたくない人間だった

そんな彼が世界タイトル戦が決まった2週間前にライヤに
恋をしてしまい、練習にも身が入らなくなってしまう
フィンランド国中がオリに期待し、周囲が勝手に盛り上がる中
肝心のオリは別のことで頭が一杯になってしまうのだった
人間割り切って生きれる人もいれば、そうでない人もいるということだ
良い意味でいえば、オリは自分の気持ちに正直な人間だと言える

一方では、この興行を企画したマネージャーにとっては
たまったものではない話だ
一生懸命練習し、負けるのならまだわかるのだが、恋愛に気持ちを
持っていかれて負けるなんて想像したくもない話だろう
只、オリを見ているとライヤの存在があったから
タイトル戦のリングに上がれたようにも思えてくる

タイトルの「人生で最も幸せな日」は、悲しくも
「世界戦が人生で最も幸せな日だと言えるように頑張れ」と
いうマネージャーのセリフに由来するらしい
肝心なオリはその日、ライヤへの婚約指輪を買いに行ったので
オリとライヤにとって最も幸せな日にはなったのである

それぞれの立場により視点を変えてみると楽しい作品だと思う
60年代の空気を再現するため、全編モノクロ16ミリフィルムで
撮影された映像も映画に合っていたし、懐かしい雰囲気があった

毒戦 BELIEVER

毒戦 BELIEVER

2012年制作のジョニー・トー監督の香港映画
「ドラッグ・ウォー 毒戦」の韓国版リメイク作である
只、「お嬢さん」で知られる脚本家チョン・ソギュンが
非常に大胆にリメイクを行っているので、この韓国版とオリジナルは
似て非なる作品になっているようである
私はジョニー・トーのオリジナルは観てないので、ふたつの違いを
比べることはできないが、結果この作品は韓国で大ヒットを記録した
ノワールサスペンスなので、期待はしていた もちろんオリジナル作品も観たいと思う

そんなことで観たこの作品だが、やはり面白い
私はこれまで本数では、日本映画の3倍以上は韓国の
映画を観てきていると思うが、面白さの違いをあげるとすれば
まず韓国映画は脚本が断然面白いと思う

この作品も例にもれることなく、とても面白いストーリーだが
話の中には大きな謎が2つあり、ストーリーに厚みをもたせていた
ひとつはストーリーの要である麻薬王「イ先生」である
何と誰一人としてその顔も本名も経歴も知らないのである
見えない「イ先生」の指示に男たちは命を懸けている

もう一つは爆破された麻薬製造工場から助けられた
麻薬取引の外交を行っていた青年ラクの存在である
けがをした彼は、退院してから麻薬取締局の捜査協力者となるのだが
素性も得体も知れない彼の存在は実に謎めいていた
いつどちら側に裏切るかわからない相手と生死をかけた
捜査を行うのである
もはや予測不能は当たり前の設定なのである

そして更に本作ではキャストが個性的であった
その中で特筆すべきは、麻薬の取引先のジャンキーカップルを演じていた
キム・ジュヒョクの狂い方が凄かった
もはや理性などまるでない危険な動物のようだった
大変残念なことだが、本作が遺作となってしまった彼の
熱演は凄まじいものがあった

そして出演時間は短いのだが、抜群の存在感を示していたのが
ラクのもとで麻薬を作る耳が聞こえなく、言葉も話せない若い男女の存在だ
最も危険で最強な二人だが、正気な奴らではない
この役の二人はインパクト十分で、はまり役だった