星の王子さま

星の王子さま

読んだことのない人でもこの作品の名前を知らない人は少ないだろう
出版されてから70年以上経ったが、売り上げが5千万部を超え
全世界で聖書の次に読まれているというモンスター作品である

私とこの本との最初の出会いは、幼い頃母親に読み聞かせて
もらったことだったと思う(まるで記憶がないのだが…)
その次が小学生の3年か4年の時に自分で読んでみた
(こちらもきれいさっぱりと、まるで記憶がないのだが…)
それから長い空白の時間を経て、すっかりおじさんになった今
内容についてまるで記憶がないこの名作を再読した

今回再読するにあたり、新潮社の河野万里子訳の文庫本を
購入したのだが、まずこれが洒落ていてとても気に入った
かわいいイラストの表紙に金色の文字でタイトルが書かれている
そして用紙も一般的な文庫本に比べ厚くて高級感があった
さらにパラパラとページをめくると、たくさんのかわいい
イラストが書かれていて、何だか読むことが楽しくなりそうな
本になっていた

あまりページ(文字数)のある本ではないので通勤時間に
読むだけで3日ほどで読むことができたのだが
まず感じたことは、こんなにも難しく、そして奥深い
作品だったのかと驚かされた
単純な言葉でストレートに伝わってくるものもあれば
登場するきつねやへびとの会話から間接的につたわってくるものも
たくさんあった
その多くは、解釈の幅が広く読者の受け取り方も様々だと
思えるものだった

今の私の読解力でも、よくわからないところだってある
だからこの作品を小学生の私が理解できたかは大きな疑問である
只、この作品の最大の魅力は小学生には小学生の読み方があり
大人には大人の読み方がある本なのだと思う

その時の知識に合わせた読み方と感じ方ができると思う
小学生の時には気づかなかったところに大人になって感銘を受けたり
大人になってスルーしたところに小学生の感性は立ち止まったりと
そんな不思議な魅力を感じる本なのだと思った

ブレヒト テクストと音楽―上演台本集 (ブレヒトと音楽)

ブレヒト テクストと音楽―上演台本集 (ブレヒトと音楽)

セチュアンの善人が読みたくて図書館で借りた本である
本の中には、実際に関西地区を中心に上演された舞台の
台本4作品が掲載された台本集である

目的の「セチュアンの善人」は当然だが、そのほかに
「マハゴニー」(原題「マハゴニー市の興亡」)、一幕物の
「小市民の結婚式」(原題「結婚式」)、教育劇「ゴビ砂漠殺人事件」
(原題「例外と原則」)が掲載されている
最初に「セチュアンの善人」を読んでみたら、適度にこなれていて
読みやすく、面白かったので全作品読んでみた

著者は市川明さんという方で
大阪大学大学院文学研究科教授であり、演劇創造集団ブレヒト・ケラーの
代表幹事でもある
さらにNHKドイツ語講座の講師を長らく務められ、語学参考書・教科書の
執筆も多いという文学者である

読んでみた感想は、さすが言葉の専門家が書いた台本だ
全ての作品通じて、私のような凡人にもかなり理解しやすく
楽しめるようにつくられている
そして日本語のニュアンスにも、独特のさじ加減が効いており
セリフの言葉表現から役者の気持ちの程度がくみ取れるような表現が
外国の物語であるのに、より身近な話に感じられた

さらに日本での上演を意識し、音楽も日本人の作曲家が曲をつけていたりと
これら掲載されていた作品を是非、リアルタイムで観劇してみたかったと
思わせてくれるような作品だった

4作品の中で私が最も面白そうだと感じた作品は「小市民の結婚式」である
多分私は初めて読んだ作品だが、手作りの家具が壊れていく様を
想像しただけで笑えてきた
この作品、テンポよく演じられたら相当面白い作品になるだろうと思った

リタとリコ ~「セチュアンの善人」より~

リタとリコ ~「セチュアンの善人」より~

もう昨年の12月に観劇したこの作品
記事にするのに時間がかかったのは、観終わってから原作を
読んでみたくなったからだ
「セチュアンの善人」の作者であるブレヒトの戯曲集を現在
ネットを探してみても結構高価だし、新品は極端に少ない
だからちょっと読んでみたい程度の私がこれらを購入するには
抵抗があった

そんなことで結局、図書館で借りることにした
検索すると図書館には2種類、2冊の本があったので
その中の1冊を借りて読むことにしたのだった
改めて感じたのだが、図書館の本は計画的に読むようになるので
手持ちの本を読むよりすっと早く読むことができ、快適であった
私の場合、やはり締め切りがあるとまるで違うものである

観劇した作品の原作をその後に読んでみたのには訳がある
主人公で同一人物である「シェン・テとシュイ・タ」のキャラクターが
かなり引っかかったからである

劇内ではこの対極にある主人公二人のキャラクターがかなり弱いと感じた
全く違う性格を出すには、ある程度オーバー気味なキャラ作りもありだと
思うが、中途半端におとなしい
だから周りの人物におされているように見えてしまい、存在感も薄かった

私の記憶が違っていて、この劇で演じられている「シェン・テとシュイ・タ」が
戯曲の感じだったのかを確認したかったのである
そして読んでみて私の記憶の二人であることを確認できたのだった