熱帯魚 吉田修一

熱帯魚     吉田修一

吉田さんはとても好きな作家で、これまでに何十冊と読んでいる
文章も難しくなく、ストーリーもわかりやすい
それでいて読後にしっかりと感動や衝撃を与えてくれる
そんな作品が今まで読んだものには多かったような気がする

しかし、この作品「熱帯魚」はちょっと違った
短編か中編なのかわからないが、程よい読み応えを感じる長さの
3編からなる作品だ
読みやすさに関してはいつも通りだが、ストーリーの雰囲気が
今まで読んだ作品とは違っていた

そのストーリーだが、どう違うかというと
書いている題材がこれまでの作品と少し違うような気がする
いままで読んだ作品は、それほど大袈裟ではないにしろ
どこか小説の中の話っぽさがあった(私にはそんな気がする…)が
そのような感じがこの作品からは、まるでしないのである

実際近所のどこかに住んでいそうな人を描いているような
感じがするし、あまり表面的には大きく動くことのない展開も
自然すぎるとも思える
その代わりと言っては何だが、内面的な感情の動きはこれまでより
伝わってくる感じがする

人間の生々しさを普段の生活を題材に淡々と描いている
何か起こらないと面白くないと思う人には恐らく
ひどく退屈かもしれないが、こういった小説が好きなものにとっては
たまらない作品だと思う

私は最初の「熱帯魚」で一気に真剣モードにさせてもらった
そして全編を、ほぼ一気に読んだ
3編の中では「グリンピース」が特に好きだった
どうしてこの作品が好きなのか自分でも明確ではないのだが
言葉にできない表現が、巧みな言葉を使って何とか
伝わってくるような感じがして好きなのだ
そしてそんな私のいい加減な評価や感想などを、全く寄せつけない
作品のように思えるところも好きな理由である

リチャード・ジュエル

リチャード・ジュエル

この監督の作品も必ず観るようにしている
公開作品のすべてが、私にとっては大傑作という
巨匠と呼ばれる中でも特別な存在のクリント・イーストウッド監督
ここのところ年1本のペースで作品を発表し続けてくれている
そして日本公開の時期も大体同じなので、この時期になると
私は非常に楽しみにしている

ここ数作品は実話を基にした作品が多いのだが
この作品もそんな作品である
ただ私は全く知らなかった事件だったし、予習なしで観たので
最初リチャード・ジュエルを見た時には、正直少し面食らった

だが、少しマニアックで曲がったことの嫌いな彼が
だんだん理解できてきた時に物語りが大きく動き出した
そしてその後は、想像できないような展開になっていくのだった

1996年アトランタオリンピックの時に実際に起こった
爆破テロ事件が舞台である
第一発見者となった警備員リチャード・ジュエルの的確な対応で
被害は最小限に食い止められた
すぐに彼は英雄となるのだが、その後捜査の指揮を執るFBIに
犯人にでっち上げられるのだった
この英雄から無実の犯人に仕立てあげられた男を実に丁寧に描いている

いつも疑問に思うことだが、監督の中でこの映画を作ろうとなった時に
この脚本に近いものが、すでに脳裏に描かれているのだろうか?
もしそうであれば、天才ではないかと思うぐらい素晴らしいストーリーである
多少演出が過ぎる感があるシーンもあるが、映画というエンターテイメントを
思えば当然のことであるし、この監督の場合はそんな部分は本当に少ないと思う

いつものことだが、作りたいと思った作品をストレートでシンプルで
奥深い作品に仕上げる手法は健在である
ストーリーが良くて、役者が良ければ他はいらないと言わんばかりの作品だ
その中に国家権力とマスコミが無実の一個人という弱者を攻撃するという
現代社会でも全く変わらない(もしくはそれ以上の)ことが起こりうる可能性を
きっと多くの鑑賞者は感じると思う
そんな鋭いテーマが見事に表現されていた

リチャード・ジュエルを演じた     ポール・ウォルター・ハウザー
ジュエルの母を演じた         キャシー・ベイツ
ジュエルの弁護士ブライアントを演じた サム・ロックウェル
ブライアントの同僚の弁護士を演じた  ニナ・アリアンダ
地元の新聞記者を演じた        オリビア・ワイルド

 本人ではないだろうかと思うほど皆素晴らしかった

家族を想うとき

家族を想うとき

2019年製作のイギリス・フランス・ベルギー合作映画
前作のカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞した
「わたしは、ダニエル・ブレイク」で引退表明をした
巨匠ケン・ローチ監督作品である
私は監督の名前だけで、その作品は必ず観るといった監督が
数人存在するが、この監督もその中のひとりである

本作のインタビュー時、監督本人が引退撤回理由を話していた
その理由には、自身がリサーチした新しい雇用形態にあった
ゼロ時間契約(雇用者の呼びかけに応じて従業員が勤務する労働契約)
インターネット経由で単発や短期の仕事を請け負うギグエコノミー
代理店に雇われているエージェンシーワーカーなど
「新しいタイプの働き方をする労働者のことが忘れられなかった。
次第に『わたしは、ダニエル・ブレイク』と対をなす、
作る価値があるテーマだと思った」と話していた

実際本作では、フランチャイズの宅配ドライバーとして独立した
一家の大黒柱である父親を中心に描いているのだが、着想のきっかけは
実際の事件にあった
イギリスでフランチャイズの配送ドライバーとして働いていた男性が
ストレスと罰金の負債が重なる状況で無理を続け
合併症によって亡くなったという事件である

映画の中では、ターナー家の生活にスポットが当てられている
夫婦と高校生の男の子、小学生の女の子の4人家族
一家の念願であるマイホームを購入の夢をかなえるため父親である
リッキーはフランチャイズの宅配ドライバーとして独立する
時間とルールにがんじがらめにされながらも懸命に働いている
妻のアビーも夫のトラックを購入するため、自分が仕事で使っていた
車を売って、不便なバス移動になってもパートタイムの
介護福祉士として朝から晩まで働いていた

やがて時間にも生活にも余裕がない一家は、幸せになるどころか
一緒に顔を合わせる時間を失い、心も絆もバラバラに
なっていってしまうのだった

一見どこにでもありそうな話なのだが、この中に新しいタイプの
働き方が、いかに人間らしさを奪ってしまうかが、しっかりと
落とし込まれていて、観る側にしっかりと提示されている
これがケン・ローチの映画だと思える作品だ