急行列車で泥酔

急行列車で泥酔

9月11日、地方新聞の片隅に小さな記事を見つけた
タイトルは「急行車内 泥酔女を保護」である
このタイトルを読んだ時に私のアンテナはすぐに反応した
何か面白そうな気配を感じたので、さっそく読んでみた

記事はドイツの話だった
首都ベルリンから北部ハノーバ行きの急行列車に乗った75歳と
72歳の女性2人組が泥酔して警察に保護された
2人は通路に横たわり、立ち上がれずに会話も困難な状況だった
保護された後、2人は別々の部屋で6時間にわたり熟睡したという
その後、警察の報道官の話では「仮眠をとらせたら歩けるようになった」という
共同と書かれていたので、共同通信のニュースを掲載したのだと思う

私はまず最初に、ドイツで起きたこの記事が日本の片田舎の新聞に
掲載されることに大きな驚きを感じた
この記事のどこが味噌か?を考えると、恐らく75歳と72歳の
高齢者の女性の酔っぱらいということだと思う
確かにあまり見かけるシーンでないことは理解できるが
ワールドニュースで報じるのは、私にはちょっと不思議な気がした

今年はコロナが世界的に流行し、少し前まで新聞の紙面の多くを
毎日独占していた
ようやくこんなチョット困ったけれど何処か微笑ましい記事が
紙面に載るようになったと思えば、かなり前向きに思えるのかもしれない

この2人組の老人女性もまさか日本の片田舎まで
自分たちの泥酔事件が報じられているとは夢にも思わないだろう

インドの密造酒

インドの密造酒

8月2日(日) 15:22配信 AFP=時事
インド北部パンジャブ(Punjab)州で、ここ数日、80人超が
有毒な密造酒を飲んで死亡した
当局やメディアが1日、明らかにした

こんな記事が少し前になるが、ネットに出ていた
先進国では、今ではほとんど聞くことのない「密造酒」という言葉だが
インドでは毎年たくさんの人がこの密造酒で亡くなっている
私も同じようなニュースを何度か見聞きしている
酒飲みである私は、ちょっと気になっていたので調べてみた

まず最初にインドではお酒は飲んでよいものだったのだろうか?
こんな初歩的なところから知識がないので調べてみた
宗教の影響が非常に大きいインドで人口比率約80%と大多数を占める
ヒンズー教徒にとって飲酒は良いものとは思われていないようである
次に比率の高い約15%を占めるイスラム教徒にとって飲酒はNGである
よって、人口比率の大多数にとって飲酒は良くないということになる
しかし、近年になって特に若い世代では、飲酒は好ましくないというイメージが
薄れているようで、この世代では徐々にゆるくなってきているようである

日本のビール会社がインドで販売に力を入れ始めたニュースを知っているが
今後の成長が望める国とリサーチされた為だろう

さらに細かくみると、インドの飲酒可能年齢は州によって異なるようだ
大都市を例にいうとデリーでは25歳以上から可能で、ムンバイでは21歳からとなっている
そんな中に禁酒の州としてグジャラート州があったりもする
そしてどんな種類の酒が飲まれているかといえば、アルコール度数の高いラムなどの
蒸留酒が人気で、なんと比率は90%強、ビールは10%弱、ワインとなると
1%程度なのである

この酒の種類比率を見た時、私が感じたことは酒を飲む多くの
人の中にアルコール依存症の比率が非常に多いだろうと思った
少なくとも会社帰りの居酒屋で仲間と乾杯するような飲み方ではないだろう

調べを進めるとそのあたりが段々わかるようだった
出回っている酒の40%もが密造酒と言われていることや
密造酒を飲む層は、市場に流通している酒が買えないような貧困層であること
そして正しい知識をもっていない人が密造酒の製造をしていて、マフィアが
絡んでいることもあるようだ
更には、アルコール依存症者はスラム街など貧困層に多く、近年では飲酒時の
犯罪率の高さも、社会問題となっているという

密造酒によるニュースひとつから、その国の根底に抱えた問題が
調べるうちに浮き彫りになっていくような気がした
そして、すぐに解決できるような簡単なものでないことも容易に理解できる
まだまだ同じことが繰り返されそうな話題である

 

 

知り合いかもしれない

知り合いかもしれない

先日通勤時に電車に乗っていると、降りる際女性に声をかけられた
電車が終点に到着する直前、ドアの前に立っていた私の背後から
「石原さんですよね?」と女性の声がした
こんなことは滅多にないので、私はかなりびっくりした
そして振り返り「そっ、そうですけど…」と、たどたどしい小さな声で答えた

それから3秒ほど声をかけてきた女性を真剣に見ていたら
多分、元同僚だと何となくわかってきた
10年以上会ってないということもあるが、コロナ禍で互いにマスクを
していることもあり、知り合いと判断することは、私にとってかなり
難しい状況に感じられた

結局、電車を降りてから駅の改札を出るまで
互いの近況や、共通の知り合いである他の同僚の話をしながら歩いた
普段はあまり話さない話題なので、何だか新鮮に思えた
短い時間だったが、いつもと違った朝の通勤時間になった

元同僚と別れ、いつもの道を会社に向かい歩きながら考えた
私の風貌が全然変わってないからすぐに気が付いたと、うれしいお世辞を
言ってくれていたが、10年以上会ってない人、しかもマスクを
着用している状況でよく声をかけてくれたと思う

おかげで懐かしい話ができ、短いけれど楽しい時間を貰えたのだが
もし私が同じ状況にあったら、おそらく声をかけることはなかったと思う
人違いをしたくないと思うこともあるけれど、間違いなく本人だという確証が持てないことが
一番の理由だと思う(どちらも同じことを言っているような気がするが…)

そしてこれはその人の性格にもよると思う
元同僚の女性は明るくて、オープンな性格で、一緒に働いていた頃は
あまりクヨクヨするタイプではなかった
声をかけて人違いだったとしても明るく「すみませんでした」などと笑顔で言って
その場を繕える人だと思えた

会社に着く頃、彼女のそんな性格がちょっと羨ましく感じられた