永遠ノ矢=トワノアイ

永遠ノ矢=トワノアイ

俳優である宇梶剛士さんの主宰する劇団PATHOS PACK
(パトスパック)の公演が静岡であった
東京公演の後に静岡で2公演行われたのであるが
私が観たのは静岡の2公演目だったので、大千秋楽の公演だった
この劇団、静岡は今回が初公演だというがどうして静岡公演が
実現したかというと、団員の平野貴大さんが静岡市出身なので
色々とご自身が動いて働きかけてくださったからだという

静岡で演劇を観たいと思っても、その機会はかなり限られてしまう
新作でオリジナルの脚本をきちっとした体制で上演できる民間組織は
ほとんどないのが現実だ
普段だったら東京に観に行かなくては観ることはできない作品を
近くで観ることができてラッキーだった

私は宇梶さんが出演した演劇は何度か観ているが、ご本人の主宰する
劇団の上演を観るのは初めてであった
さらに本作はご本人の作・演出である
一体どんな作品なのか? まるで予習なしで観たのだった

ストーリーは現代の中に江戸時代が時折入り混じった
やや難解(私にとって…)な作品であった
現代のシーンは海(カイ)という現代ならどこにでもいそうな
わかりやすい性格の青年が主人公なので、非常に理解しやすく
また感情移入しやすかった

只、時折入りこんでくるアイヌの話がよくわからなかった
果たして当時の真実のストーリーが出てきているのか
よくわからないが一本の矢だけを持ち、しかもその矢も敵にではなく
空に射た彼はどうなってしまったのだろうか?
私の勉強不足もあってこれらのシーンと現代のシーンとの関連性が
あまり理解できなかった

私は演劇はきちっと理解できてしまったら
それはそれで面白くないと思う… (思うようにしている)
どこかで「あれって何だったのだろう?」とか理解できなくても
「まあいいや!」と深く考えずに観ているほうが、途中で
立ち止まる時間がないだけテンポよく観ることが出来て
楽しいと思うのである

百枚めの写真 ~一銭五厘たちの横丁~

百枚めの写真 ~一銭五厘たちの横丁~

原作である「一銭五厘たちの横丁」は、1975年(昭和50年)に
児玉隆也著、桑原甲子雄写真で出版された書籍である
タイトルになっている今はほとんど聞くことのなくなった
「一銭五厘」とは、戦時中使われていたお金の単位であるが
今の貨幣価値では、大雑把に30円程度だという
当時の召集令状のはがきの値段が一銭五厘だったことから
この名前が付けられている

この原作を作・演出 ふたくち つよし で舞台化している作品が
この「百枚めの写真」であるが、この舞台過去3度
(初演2010年)上演されていて、今回が4度目というから
人気のある演目であることが伺える

昭和49年東京の下町が舞台
ルポライターの児玉は99枚の写真を手にこの下町にいた
民家を一軒一軒訪ね回り、写真に写された人を探しているのだった
手にしている写真は、昭和18年当時アマチュアカメラマンだった
桑原甲子雄が撮影した写真である

この児玉の行動は、東京の大雑把に下谷区というだけで
場所の明確な特定ができていない人探しであり、30年という長い
空白時間と、空襲後の焼野原から街を再構築した東京ということもあり
正に雲を掴むような困難な行為に思えた

桑原の撮影した99枚の写真は、陸軍省から依頼された仕事だった
東京の下谷区付近で出征軍人の留守家族を訪問し
一家族一枚だけ撮影し、写真に収めていった
フィルムは軍からの支給だったという
写真の目的は戦地で戦っている兵士に見せ、軍の士気を高めるのに
使うためのものだったようである
そんなことがあったことも私は初めて知ったのだが
意図は理解できるので、特段違和感は感じなかった

やがて児玉は1枚の写真に写った家族を探すことが出来た
そしてその家族から当時の家族や近所の様子についての貴重な
話を聞くことができたのだった
家族は桑原の写真を見ることにより、改めて写る人達を思い出し
その時代の様子や戦争の記憶をより鮮明に思い出していくのだった
そこには戦争の悲惨さや、愛する人との別れなど、計り知れないほどの
悲しい経験がたくさんあった

何も変わらない写真だが、年月を経ると共に重要な
意味を持つようになる
そんな写真の記録的魅力が感じられる作品だった

二度目の夏

二度目の夏

この演劇は静岡公演が1日だけあり、静岡市民文化会館で公演があった
会場に行ってみると、お客さんは圧倒的に女性が多かったが
たぶんその多くは、主演を務める東出昌大さんと太賀さんの
ファンだと思われた

この作品の作・演出は岩松了さんである
岩松さんはテレビでもよく見かける俳優のイメージが強いのだが
これまでにたくさんの演劇を作・演出している
そしてこんなことを言ったら怒られそうだが、岩松さんが役者として
演じることが多い、割とはっきりした役とは対照的で実に渋くて繊細な
演劇作品を作られている
作・演出だけでなく、クセのある電気屋のおじさん役で本作に登場も
していた

本作も例外なく、そんな繊細な感情が表現された作品であった
舞台はある避暑地に建つ別荘
この別荘の持ち主は、代々続く会社を継いで六代目社長となった
田宮慎一郎(東出昌大)でこの作品の主役である
慎一郎と妻のいずみ(水上京香)は、この別荘で結婚2度目の夏を過ごしていた
仕事で帰らないことの多い慎一郎は、親友で後輩でもある北島謙吾(太賀)を
自身の留守中の妻の話し相手にと、一緒に別荘住んでもらうのだった
やがて古株家政婦の落合(片桐はいり)から慎一郎は北島といずみの距離が
近すぎると進言されるのだった

もはやこの設定自体に緊張感があった
一瞬ありえない設定にも思えたのだが、社長である慎一郎の立場や
北島との信頼関係を考えれば全くない話でもないとも思えた
そんなことを思いながら、鑑賞していた

恋愛は残念ながら全員がハッピーエンドにはならない
だから片思いや悩み、妬み、嫉妬、嘘が生まれる
最後はそれらで北島が壊れてしまったのだが
その前のシーンで別荘を飛び出した時には既に精神的な崩壊は
深刻なところまできていたのだ
私には間接的にだが、北島をここまで苦しめた慎一郎の
無神経さが一番の罪人のように感じられた

古株家政婦の落合を演じた片桐はいりさんが
この作品を支え、まとめ上げている感じがした
恐らく出演時間もセリフも最も多かったのではなかろうかと思う
個性的でいい役者さんだと改めて感じた