海鳴り   藤沢周平

海鳴り   藤沢周平

これまで多くの藤沢作品を読んできたが
大体描かれている世界は共通しているように思っていた
しかし、この作品はこれまでの共通する世界とは少し違っているように思えた

私の勝手な思い込みでの藤沢作品の世界とは
ひたむきに精一杯生きる一庶民の美しい正義感のようなところに
スポットを当てたような世界だ
だから広義で言うような正義でなくとも、主人公の思う正義に
正直に生きている人物が描かれている世界のイメージが強い

この作品はそこがちょっと違う
只、いつもの世界とは違うのだけれど、文章は間違いなく藤沢周平作品だと
思えるところは、やはり作者の真面目な人柄からきているのだと思う
そして上下2巻の長編だが、いつものようにストーリーも練られていて
読み飽きすることはなかった
当然、時代物だが読み進めるうちに不思議なことに現在の登場人物の
話のように思えてきた

前置きが長くなったが、その違いとは何かというと
この作品は、江戸時代の不倫を描いた作品である
常に後ろめたさの付きまとう不倫と、いつもの義の世界は根本的に違っている
この違いは読んでいる間中、頭の片隅には残っていた

紙問屋小野屋を営む小野屋新兵衛が主人公である
たたき上げから独立し、一代で小野屋をそこそこの問屋にまで築きあげた
丁稚時代の小僧の中では、成功者といってよいだろう
商売も順調で、跡取りの一人息子は頼りないことと、四十の坂を越え
老いを意識し始めたこと以外は、大きな困りごともなく日々を暮らしていた

ある夜、紙問屋の主人が集まる寄合いを終え店を出た新兵衛は駕籠を待っていた
しかし、その時気に入らない問屋仲間に飲みに誘われたことで
それを断るため駕籠には乗らず徒歩で帰ることにした
帰り道を歩いていると地面にうずくまった女を見つけた
その女をよく見ると、先程まで寄合で一緒だった同じ紙問屋である丸子屋の
おかみであるおこうだった

おこうは悪酔いしたらしい
新兵衛はおこうを駕籠に乗せようと思ったが、時間が悪く駕籠は見えない
道端で看病するわけにもいかないので、どこかで休ませようと思った
新兵衛が思いついたのは、近くにある連れ込み宿のような店だった

このような始まりなのだが、改めて書いていても現代の話でも
全くおかしくない
無性に先に進みたくなるような上手い前半のストーリーだった

昨夜のカレー、明日のパン 木皿 泉

昨夜のカレー、明日のパン   木皿 泉

読み終わってから知ったのだが、この作品は本と同じ
タイトルでテレビドラマ化されたことがある
主人公のテツコを仲 里依紗、同居するギフ(義父)を鹿賀丈史という
豪華キャストで2014年10月からBSプレミアムで
連続7回放送されたようである
作品を読んだ後だと、どんな映像作品だったのだろうか?
ちょっと興味を持った

著者の木皿 泉(きざら いずみ)さんについても、私はこれまで
全く知らなかったのだが、夫婦脚本家でこれまでにテレビドラマ「すいか」で
向田邦子賞を受賞しているような人気脚本家であった
この作品、その二人がはじめて綴った連作長編小説なのであるが
本屋大賞では第二位になり、山本周五郎賞にもノミネートされた
読んだ後の感想になるが、脚本も小説も読み手への伝わりやすさが
大切だと思わせるような作品だった

ちょっと意外な家族構成である
主人公のOLテツコは、夫であった一樹を病気で亡くしてからも
ギフ(義父)と一緒に住んでいる
19歳で結婚し、たった2年で一樹が亡くなった
それから5年が経過した設定で物語が進んでいく
計算するとテツコは26歳か27歳ということになる
その年齢である女性が、ギフと5年間二人暮らしすることは
実際にはかなり少ないだろうと思う

だが、私には全く違和感なく物語に入っていけた
ここがこの作品の一番すごいところかもしれない
これは、テツコとギフのキャラクターによるところもかなり大きいと思うが
物語に散りばめられた亡くなった一樹との思い出と
何より二人の中に、まだ一樹が存在しているところが
現実の二人暮らしとは違った感覚になるのかもしれない

テツコとギフを除く登場人物は少ない
一樹を知っている者もいるし、そうでない者もいるのだが
皆少し変わっていて面白く、各章のストーリーを地味に盛り上げていた
ちょっと悲しいとか、ちょっと切ないとか、ちょっと嬉しいとか
そんな気持ちになれることが、この作品の特徴だと思う
私には、どこか吉本ばななさんの作品に通じるものを感じた

特にテツコの恋人である岩井がすごくいいキャラクターだと思った
彼ならこの二人と十分生活出来ていけそうだ

終わりの解説を作家である重松清さんが書いているのだが
木皿さんへのインタビューあり、完成まで9年費やした経緯の説明ありで
大変面白いものになっていた

 

 

 

 

 

東京酒場漂流記   なぎら健壱

東京酒場漂流記   なぎら健壱

この文庫本は1995年に出版されたのだが
元は1983年にCBS・ソニー出版から出版された単行本の文庫化である
だからこの本には40年近く前の東京の酒場が書かれていることになる
それだけでも大変歴史的な価値(?)のある作品であると言えるだろう

私はなぎらさんの著書をよく読んでいる
なぎらさんの本のラインナップは、酒に関する本と下町散歩的な本が多い
カメラも好きなので、町のスナップ写真集のような本もいくつか出している
これは正に、私の興味の的の真ん中になるようなジャンルなのだ
そして文章も簡潔で洒落ているので読みやすく、面白く、ホッコリとしている
そういったわけで、これまでにかなりの本を読んでいると思う

私の中では酒場が似合う顔というものがある
吉田類さんも当然だが、なぎらさんも横綱クラスであることは間違いない
しかも吉田さんとは違いなぎらさんの場合、初めて入った店で飲んでいたとしても
他の客が見たら、20年以上通っている常連客に見えるような
どんな店にも馴染んでしまうような魅力を感じるのだ
そんな天性の雰囲気を持つ男は、なかなかいないだろう

この本は現在のように、こんなにチェーン店ばかりでなかった1980年代の
東京の大衆酒場の雰囲気と、そこにまつわる人々が描かれている
昭和の大衆酒場と言ってもいいと思う
イラストレータの栗山さんという相棒と共に、好みの酒場を訪れる探訪記である
この栗山さんとなぎらさんの会話も出てくるのだが、この栗山さんも
なかなかの人物であることが伺える
おそらく飲みに行きましょうと誘えば1000回に1度くらいしか
断らなそうな強者に思えた

文章はいつも通りこなれていて面白いのだが
栗山さんのイラストもあって、まるで自分がお店で飲んでいるような気分になれる
この本のレビューを見ていたら、酒を飲みながら読むと
イイと書いている人がいたが、なるほどと思った

コロナ禍で忘年会も新年会も行わない人が多い
私も2020年3月から飲みに出てない
こんなに長い間飲みに出ないことは人生において一度もなかったことである
この本を読んでいると、ガヤガヤとした活気ある酒場で飲んでいた日々が
当たり前だった頃が、懐かしく思えるのと、アフターコロナ時代では
大衆酒場がどのようになっていくのだろうか?という心配を感じたりした